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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

赤貧と習慣。(後半)

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赤貧と習慣。(後半)






その少し前、冒険者用施設の談話室で、
一つのパーティが解散を宣言していた。
各職業の特性をふまえ、安全かつ円滑な仕事の所為に、
一時的な臨時パーティを組むのはよくあることで、
個人ギルドの所属しているからといって、
これに混ざってはいけない法はない。
とは言っても、竜堂鉄火が単独で臨時に加わるのは、
非常に珍しかった。
多くは所属している個人ギルド、
Zempのメンバーと行動を共にしている彼が、
常ならぬ行動をとったのは、要はサブマスター、
ユッシの要望だった。
人脈は広い方が何かと都合がいいが、
時には相手の都合に合わせることも必要だ。
知り合いの知り合いが、
前衛職を欲しがっていると聞きつけて鉄火を紹介し、
自分は別のパーティに混ざりに行ってしまったユッシの、
超マイペースぶりに文句を言っても意味がない。
Zempの代表として恥じない仕事を済ませ、
報酬の取り分を鉄火は受け取った。

「で、これからどうする?」
「どこか、飯でも食べに行かないか?」
仕事帰りの興奮冷めやらぬ他のメンバーが騒ぐ中、
離籍を表示しようとした鉄火より先に、
帰宅を宣言した拳闘士がいた。
「俺は帰るわー」
「え、なんで?」
どことなく落ち着きのない彼の様子に、
同じギルドらしいハンターが反応する。
「いいじゃん、一緒にいこうよ。」
「いや、今日は嫁が待ってるから・・・」
「あー またかよ! この、愛妻家め!
 わかったよ、いっちまえ!」
いつものことなのか最後まで言わさず、
ハンターはわざとらしく顔を歪め、
シッシと追い払う仕草をした。
じゃれあいに苦笑を浮かべ、年輩の騎士が助言を与える。
「なんか、手土産買うのを忘れるなよ。」
「え、そこまでしますか?」
「別に、理由があって、
 早く帰るわけじゃないんですが・・・」
ハンターが大仰に驚き、
言われた拳闘士も不可解そうだったが、
騎士は確信を込めて頷いた。
「ああ、そういう何気ない普段からの行いが大事なんだ。
 誕生日だの、記念日だのだけ覚えてれば、
 大丈夫なんて甘いぞ。」
既婚者らしい実感の籠もった意見に、
女魔術士の二人組が口を挟む。
「っていうか、記念日はお祝いして当たり前じゃないー」
「当たり前のことして、威張られてもねえ。
 それすら出来ない人もいるけど。」
「そのくせ自分の誕生日や、
 バレンタインに何もしないとうるさかったりとかねー」
「あるあるー」
年若い女性らしい無神経な無邪気さで、
キャッキャ言い合うのに若干名が目を反らし、
ゴホンと、騎士が咳払いをした。
「兎も角、株は上げられるときにあげて置いて、
 損はないぞ。」
「そうそう、ちょっとした気遣いが大事なんだよ!」
「奥さん、きっと喜ぶよ!」
魔術士たちも笑顔で肯定するのに、
ぎこちなく拳闘士は頷き、
そのままパーティは解散となった。

簡単な身支度を済ませ、施設をでた鉄火は、
先ほどのやりとりを反芻し、首を傾げた。
『ちょっとした、気遣いねえ。』
正直、しっくりこないと思う。
何せ、彼の想い人である紅玲には、
気遣いを受け取った側から、
そのまま全力で放り投げる乱雑さがある。
恋愛に関し、女性が両手で差し出す愛情を、
男性は片手で受け取るという寸評を聞いたことがあるが、
彼女はそれ以上に酷い。
そうでなければやっていけなかったとはいえ、
物事には限度がある。
昔はああじゃなかったんだがと、
自然と浮かぶ苦笑いを鉄火は押し殺した。
だがしかし、一緒に留守番をしている幼児は、
土産を買って帰ればとても喜ぶだろう。
思い立ったが吉日と、
彼はそのままショッピングモールへ足を向けた。
 
『とは言ったものの、何を買えばよいのやら。』
軽い気持ちでやってきたデパートの食品街で、
鉄火は頭をバリバリ掻いた。
何せ、こんな所に買い物にきたことがない。
専門店が集まっているので、余計に迷ってしまう。
「あいつ等、何が好きだったっけ?」
困惑が独り言としてこぼれる。
何がよいだろう。
一口に土産の菓子と言っても、クッキーにケーキ、
チョコレートを専門に扱っている店もあれば、
アイスクリームや果物の店もある。
けど、和菓子はないなあ、やっぱり。
自国のあんこや餅を使った商品が見あたらないのに、
ちょっと寂しくなる。
まあ、いい。
うちには距離を無視できる魔術師が居候している。
本当に食べたくなったら、彼に頼めば、
物が物だけに、喜んで入手してきてくれるはずだ。
気を取り直し、さて、どれがよいかと、
改めてショーウィンドウを見て回る。
途中で色とりどりの丸い物を見つけ、彼は足を止めた。
あ、これ、これ。これはきいこが好きだった奴だ。

「すみません、このマカロンを、」
店員を呼びかけて、彼は悩んだ。
一体、どの色を買ったらよいのだろう。
きいこはピンクが好きだけどな。
でも、色によって味が変わるんだよな?
あいつは酸っぱい物が好きだからレモンと・・・
シトロンってなんだ。何でレモンじゃ駄目なんだ。
悩んでいる間に店員がやってきた。
「はい、どちらになさいますか?」
「・・・・・・。」
なんでもいいや。
数を打てば当たるだろう。
「この、詰め合わせをお願いします。」
「お幾つのになさいますか?」

えー 急にそんなこと言われてもなー

さて、幾つ買ったらよいか。
しばし悩んで、彼は一番大きい箱を指さした。
「じゃあ、この30個入りのを。」
「はい、畏まりました。」
留守番中のキィは幼い。
そんなに食べられるとは思わないが、
うちには食い意地の張っているのが沢山いる。
つまり、ジョーカーやアルファがいる。
ポールや祀だって喜ぶだろうし、
カオスやフェイヤーも甘い物はよく食べる。
数が多い分にはなんとかなるだろう。
ギルドメンバーの顔を思い浮かべたら、
むしろ30じゃ足りない気がしてきた。

他にも何か買って帰るか。
思い直すのに丁度良く、この店はケーキも扱っていた。
「後、すみません、こっちのケーキも・・・」
言いかけて、口ごもる。
ショーウィンドウには10種類以上のケーキが並んでいる。
紅玲は、何が好きなんだっけ?
比較的なんでも食べるイメージがあるが、
好みがないわけではあるまい。
むしろ外したら、凄い罵詈雑言を受ける気がする。
いや、確実にあれこれ言われるな。間違いない。
しかし、何がいいんだろうな。
和菓子だったら、大福が好きなんだけどな。

故郷にいた時分、良く土産を持って帰ったのを思い出す。
当時は小間使いのようなことをさせていた祀が、
まず、すっ飛んで出迎えてくれたものだ。
『おかえりなさいませ! あ、姐様!
 若様が、またお土産を持ってきてくだせぇましたよ!』
祖父から受け継いだべらんめぇ口調の気が、
0とは言わないが、あの頃の祀はまだ、
言葉遣いに気を配っていたし、鉄火に敬意を払っていた。
『そんな、気を使わなくて良いのに・・・』
『良かったですね! 今、お茶を入れてきますから!』
『走るんじゃないよ、祀ちゃん。もう・・・』
何時も祀より遅れて、
それでも必ず紅玲も出迎えに顔を出した。
そして困ったような調子で言うのだ。
『おかえりなさい。』
そう、あの頃は紅玲にも、
しおらしい部分があったのだ。
今は欠片もないけど。欠片もないけど。

欠片もないけど!!!

考えて、泣きそうになる。
大事なことだから何度でも言う。
昔は違った。
部下も彼女も何故、ああなってしまったのか。
俺だな、俺が悪いな。はい、申し訳ございません。

「どちらになさいますか?」
「・・・ここの列、一つずつください。」
考えるのを放棄して、鉄火は何も見ずに注文を出した。
数討てば当たるよ、どれか。
「ありがとうございましたー」
店員の声を聞きながら店を出て、
妙な疲れを感じ、重たい紙袋を眺める。
思っていた以上の出費になったのは事実だが、
腕利きの冒険者である彼には、毛ほどのダメージもない。
毎日なら兎も角、これ位、良いよ別に。
それより、ちゃんとあいつ等は喜ぶんだろうな。
この際、紅玲は諦めても、キィだけは喜んでほしい。
あの小さいちみっこが、
にこにこしながら足に抱きついてきて、
『おにいちゃん、ありがと!』と言うのを聞くだけでも、
十分、買ってきた甲斐がある。
泣いてないから。
惜別した過去との違いに、泣いてなんかないから。

「ただいまー」
チリリンと戸に付けられた鈴が鳴るのを聞きつけて、
キィがいそいそと出迎えにやってきた。
「おたえりなちゃいー」
ちみちみプリプリと走りよってきた幼児は、
鉄火の顔を見るなり、ご機嫌で報告した。
「きいたん、いま、まんまるを食べたんだよー
 おいしかったよー」
「え、そうか、そりゃ、よかったな。」
もう、おやつ、食べちゃったのかよ。
これではキィもさして喜ばないかもしれない。
どっと肩に疲労がのし掛かってくるのを払いのけ、
鉄火は靴を脱いだ。
置かれた土産袋をキィがのぞき込む。
「これ、なんだ? これ、なんだ?」
「ああ、お土産だ。持って・・・」
「おかえりー 早かったね。」
会話の途中で紅玲もやってきた。
「おう、丁度良かった。これ、持っていってくれ。」
珍しいこともあるもんだと思いつつ、
鉄火は紙袋を差し出した。
キィに持たせるには重すぎる。
幼児は意外と力持ちなので、
持てないことはないだろうが、
中身を気遣う余裕はあるまい。

「・・・何それ?」
妙に不審そうな紅玲の低い声に、
キィが嬉しそうに答える。
「おにいちゃんが、おみやげ、
 かってきてくれたよー」
「マジすか。」
なぜか凄い嫌そうな顔で紅玲は紙袋を受け取り、
足早に居間に消えた。
なんですか。俺、また何か、悪いことしましたか。
普段から何もしてないのに叩かれるので、
鉄火も不穏な気分になってしまう。
お土産買ってきて、怒られたら嫌だな。
戦々恐々としながら靴を片づけ、
居間にあがろうとしたところで、
怒声とも、悲鳴ともつかない叫び声が耳をついた。
「何これ!? ケーキじゃん!」
「あ、ああ。」
返事をする間もなく、今度は確実に怒鳴られる。
「何で人数分、買ってこないの!?」
そういえば、数は勘定してこなかった。
「何となく、買ってきただけだからな。」
「そんな半端なことしてどうすんの?! 
 絶対喧嘩になるよ!!」
「・・・その時はその時で、良いんじゃないか。」
矢継ぎ早に怒鳴られて、腹が立ってきた。
何故、土産を買ってきて怒られねばならんのか。
人数分買ってこなかったからですね、分かります。

「俺はお前等が食べるかと思って買ってきただけで、
 他の奴らのことまで考えなかったんだよ。
 良いだろ、食べたいだけ食べて、
 残りは早いもん順にでもすれば。」
刺すような視線を片手で鉄火は振り払った。
彼としては、キィと紅玲の為に買ったのであって、
その他のことまで面倒をみるつもりはない。
そりゃ確かに、
人数分あった方が不和はないかもしれないが、
メンバーは皆、良い大人なのだから、
食べたければ自分で買えばいいのだ。

開き直りともいえる鉄火の言葉を受けて、
紅玲は下を向き、ぽつりと呟いた。
「それってある意味、
 全部、うちらが食べても良いってことじゃん。」
「・・・別に、良いぞ。食べられるんなら。」

君ら、今、何か食べ終わったところじゃないんですか?
先ほど感じたものとは違う不穏な気配を感じつつ、
答えた鉄火のズボンを、キィが引っ張った。
「おにいちゃん、けーき、ぜんぶたべていいの?」
「いいぞ。」
「イチゴも、チョコも、たべていいの?」
「残ったら、他の兄ちゃんにも分けてやれよ。」
「おねえちゃんっっ!!!!!」
言い終わった瞬間、キィはもの凄く大きな声を出し、
紅玲に駆け寄った。
「けーき、ぜんぶたべていいって!!!」
「本当だな!? 貴様、武士に二言はなかろうな!!」
同じく大きな声を出した紅玲に噛みつくように確認され、
鉄火は怯えて一歩下がった。
「いいよ、好きなだけ食えよ。」
「マジでか!? ふざけんな、こん畜生!
 後で駄目だって言っても聞かないからな!!」
「おねえちゃん、こっちは?!
 こっちのはこ、なに?!」
何、この騒ぎとどん引きの鉄火を余所に、
紅玲は常ならぬ執着心でケーキの箱を抱え、
キィはその下の箱に気づいて、
横から無理矢理取り出そうとする。
あっと言う間に包装紙は引きはがされ、
中から色とりどりのマカロンが顔を出した。
飛び上がってキィが紅玲にしがみつく。
「まかろんだ! まかろんだよ、おねえちゃん!!」
「本当だ!」
そのまま二人は全く同じ動きで、鉄火を凝視した。
不自然な沈黙に、鉄火は口角をひきつらせる。
「それも、好きなだけ食っていいよ。」
「これもか!! なんなの、あんた? 神か!?」
「おねえちゃん、よかったねえ! よかったねえ!!」
「お茶! お茶入れてこよう! 
 鉄、お前はどれにするんだ!?」
「なんでも、いいよ。」
何か、あったのだろうか。
異常なまでに驚喜する彼女らに、
鉄火が全くついていけないまま、
お湯が沸き、お茶が入り、皿とケーキが並べられる。

その後、キィは「おいちいねえ!」を何度も繰り返し、
紅玲は殆ど無言だった。
あっと言う間にケーキが消え、マカロンが減っていく。
ねえ、君ら、何か食べた後だったんじゃないんですか?
もう一度、同じ疑問が頭の中をよぎったが、
口にはせず、代わりに鉄火は、
手つかずだった自分の分も差し出した。
そのケーキも消えていくのを眺め、
入れてもらった紅茶を口に含む。
相変わらず、紅玲はお茶をいれるのが巧い。
同じお茶葉を使っているはずなのに、
他の連中が煎れるのと味が違うのだ。
次は久しぶりに緑茶が飲みたいな。
そんな現実逃避していたら、
手をパンと打ち鳴らす音が響いた。

「ごちちょうちゃまでした。」
「ご馳走様でした。」
キィがふうと満足げに息を吐き、
紅玲はそのまま併せた手を組み、
懺悔するように額に押しつける。
「美味かった・・・
 くそう、やっぱり専門店のケーキは美味かった・・・」
「なんか、あったのかお前。」
どう考えても尋常じゃない元カノの態度に、
若干怯えつつ鉄火は尋ねたが、
返ってきたのは非常に穏やかな良い笑顔だった。
「いや・・・特には? 
 でも、まあ、非常にタイムリーではあった。」
「そうか・・・」
どうやら、丁度食べたかったらしい。
口の周りにまんべんなく食べかすを付け、
満面の笑みを浮かべてキィが言う。
「よかったねえ、おねえちゃん。
 はたらかなくて、よかったねえ。」
ご機嫌の幼児が吐いた不穏な台詞に鉄火は固まり、
紅玲は淡々と笑った。
「ははは、きいたん。”も”が抜けてるよ。」
「おにいちゃん、ありがちょねえ。ありがちょねえ。」
「ああ、また、買ってきてやるからな。」
礼を言われ、殆ど条件反射で鉄火が口にした言葉に、
紅玲とキィは目を見開く。
「また!?」
「また、かってきてくれるって、おねえちゃん!!」
そんなに大騒ぎすることだろうか。

黙っていたら二人揃って両手を併せ、
自分を拝み出しかねない雰囲気に、
鉄火の不信は頂点に達し、彼は深く嘆息した。
「お前ら、普段、何食べてるんだ・・・?」
「いや、別に特段、変なことはしてないけど・・・
 取り合えず、今日はもうお終いにしようね。」
明確には答えず、
残ったマカロンの箱を静かに片づける紅玲の横で、
キィが神妙に言う。
「じょかしゃんに、みつかんないように、
 しまっとこうね。」
「そうだね、あいつには見せられないね。
 食べられちゃうもんね。」
彼女らは箱に名前を書き込み、
大切そうに冷蔵庫の上の棚へしまった。
「これでバレないと思うけどね。」
「ゆっちんにも、きをつけないといけないね。」
「名前書いといても食べちゃうからなあ、奴は。」
深く頷き会う二人に、鉄火は無言のつっこみを入れる。
君ら、あれだけ食べといて、
分けてあげるつもりはないんですか。

結構な数を買ってきたはずなのだが、
結局ケーキは疎か、マカロンも半分残らなかった。
お腹をぱんぱんに膨らませたキィは、
暫くして昼寝を始め、
紅玲もぼんやりと眠そうな顔で机にひじを突き、
その向かいで鉄火はお茶を飲んだ。
沈黙が続いた後、誰に言うでもなく紅玲が呟く。
「やっぱりさ、偶にはケーキの一つ、
 買えないと駄目だよね。」
「食べたいなら、また買ってくるぞ。」
次は何が良いと具体的に尋ねる鉄火に、
紅玲は首を横に振る。
「いや、それはとても嬉しいけど、
 そう言うことじゃないんだ。
 要は社会人としてのプライドなんだ。」
「何だよ、プライドって。」
ケーキにプライドなどと重いものを持ち出され、
何かと思えば遊興費の問題らしい。
「代わりに金銭では得られないものを得てるとはいえ、
 2ロゼ程度の出費を惜しむ現状は、
 大人として如何なものかってこと。」
極少額の出費すら惜しむ環境は、
けして宜しくないとする紅玲の主張は理解できたが、
そもそも彼女は、
そんなせっ詰まった生活をしていただろうか?
金額が妙に具体的な事と併せて鉄火が首を傾げた横で、
白髪の白魔導士は諦めたように溜息を吐いた。
「とはいえ、お金が欲しければ働くしかないし、
 でも、また倒れたら面倒だし、
 きいたんにも、働いたら嫌だって言われたしなー
 ま、取りあえず、後でいいや。何か、考えるよ。」
そのままだらだらと席を立ち、
皿やフォークの片付けを始めた後ろ姿に、
不安なものを感じる。

「なんでもいいけど、無理はするなよ。」
「んー わかった。」
思わず口にした忠告に返ってきた了承の言葉は、
余りに気が抜けていて、鉄火は眉をしかめた。
「本当にわかっているのかよ。」
「信用ないなあ。」
「あるわけないだろ。むしろ、何故あると思った。」
そもそも、無理をするしないはまだしも、普通の人は、
病を押して幼児を連れ、宛もなく出国しないし、
血を吐いて倒れて、1年以上行方不明になったりしない。
そして紅玲が相も変わらず甘え下手で、
強引でも自力解決に走る傾向に変わりがないのは、
周知の知るところであった。
いい加減、問題解決にかり出されるより、
彼女に何かあった方が周囲は余程堪えるという事実を、
理解してくれないものだろうか。

「ったく、誰にも頼らず意地を張って、
 俺はまだしも、祀や千晴、
 ポールなんかに後悔させるのはやめてくれ。」
「確かにどうせ残すなら、何も出来なかった無力感より、
 多少なりとも役に立った自負心のが、
 精神安定上はいいよね。」
伝わる期待をせず、ただ口にしただけの苦情に、
思ったより誠実な相づちが戻ってきた。
いや、返ってこないと困るし、
愚痴られて当然の己の所行を省みていただきたいのだが、
普段が普段だけに素直すぎて恐ろしい。
鉄火の驚きを余所に、
紅玲は何か思いついたのか、顎をなでなで思考している。
「過剰出費と言えど、予算範囲なら問題ない。
 要するに日々の生活費に影響なければいいんだ。
 引いては別会計を組めばごまかせるんだ。」
意図の分からない独り言をこぼし、
紅玲はふむと頷いて、鉄火の顔をジツと見つめた。
「と、いうわけで鉄、
 早速で申し訳ないけど手伝ってくれない?」
「は?」
彼女から腰低く物を頼まれるなど、
ここ暫く記憶にない異例に、鉄火は目を丸くした。

翌日、Zempの万年新米騎士、
ポールが仕事から帰ってくると、
ドスドスと足音たてて、キィが出迎えにやってきた。
「おたえり!」
「はい、ただいま。」
なんだか妙にテンションが高い幼児に、
ポールは戸惑ったが、キィはそんなことお構いなしで、
戸棚からスリッパを引っ張りだし、
片足分だけ押しつけてきた。
「あい、どうぞ!」
「うん、ありがとう。」
足らないよと思っても、まずはお手伝いにお礼を言えば、
キィはムフーと鼻息荒く、偉そうに胸を張った。
「きいたんは、おりこうだから、
 おてつだいができるんだよ!」
そのまま、幼児はポールの帰宅を報告しに、
ドスドス台所に戻っていく。
「ぽーるくんが、かえってきたよ、おにいちゃん!」
「おう、早かったな。」
いつもであれば紅玲が返事をするところ、
今日は鉄火が応えた。
留守番兼子守役に変更があったのだろうか。
ポールが首を傾げつつ部屋に戻ると、
祀とノエルも帰ってきていた。
殆ど条件反射で帰宅を告げる。
「ただいま戻りました。」
「おかえりー」
「おかっす。」
答えたノエルと祀が妙に居心地悪そうなのは、
それと判るほど居間が綺麗に片付いているのと、
本来紅玲が居る位置に、
鉄火が居ることだけではなさそうだ。

「何か、あったんですか?
 っていうか、クレイさんは?」
新米の疑問に顔を見合わせたノエル達が答えるより早く、
キィが叫ぶように言う。
「くれいおねえちゃんは、おでかけだよ!
 きいたんは、おりこうだから、
 ちゃんとおにいちゃんと、おるすばんしてんだよ!
 おそうじもしたし、おゆうはんもつくったんだよ!
 えらいんだよ! もう、あかちゃんではないんだよ!」
ポールの知る限り、最高クラスの得意満面で、
キィは己が所業を語り、鉄火がそれを笑顔で肯定する。
「そうだな、偉かったな。
 ちゃんとお手伝いできたもんな!」
「そうだよ! きいたんは、えらいんだよ!」
異常なまでにハイテンションな幼児と、
滅多に笑顔を見せない先輩の機嫌の良さに、
違和感を通り越して畏怖を覚え、
ポールは庇護を求めてノエルと祀の側にすり寄った。

「何があったんですか?」
「まあ、みての通り?」
「姐さんが若旦那に留守番を頼んだらしいんすけどね。」
遠い目のノエルと、心中複雑そうな祀によれば、
今日は珍しく紅玲が狩りに出ており、
留守番とキィの面倒を鉄火に頼んだそうだ。
その際、幼児と留守番係双方をかなり煽ったらしい。
「ただ、留守番させるだけなら誰にでも頼めるけど、
 併せて家事もとなれば人を選ぶし、
 更にきいたんの教育もとなると、
 お前にしか頼めないとか言ったとか言わないとか?」
「姐さんが居なくても泣かないで、
 ちゃんとお兄ちゃんの言うことを聞いて、
 お留守番できるなんて、なんて偉い、なんてお利口。
 もう、お姉ちゃんだねとか言われりゃ、
 そりゃ、きいたんもその気になるでしょうな。」
「はあ・・・なるほどねー」
普段、頼ってもらいたくとも貰えず、
自主的に貸そうとした手は、
蹴飛ばされている鉄火にとって、
限定で是非にと依頼を受けるなど、
願ってもない話であろうし、
年齢的に常に小さい人扱いされてしまうキィは、
お姉ちゃんと認められることに強い憧れを持っている。
そりゃ、そんなこと言われりゃ食いつくわ。
餌の巻き方がえげつないとノエルが溜息を付き、
人の煽てかたが流石だと祀が言う。
現状に納得したポールだが、
そこまでして紅玲は何処に行きたかったのだろうか。

「それでクレイさんは?」
「姐さんが狩りといったら、
 ミミットの死者の洞窟でしょうよ。」
何を今更と祀に笑われてしまった。
紅玲は回復と防御を司る白魔法使いだが、
その中で唯一の全体攻撃魔法、
ジーベンヴァイスを使用するために、
己のスタイルを組み立てている。
公式冒険者としての彼女にとって、
基盤となるこの魔法は癖があり、
闇に属する一部の魔物、
悪魔や不死者には絶対的な破壊力を誇る反面、
人間や動物など一般的な生き物には、
殆ど影響を及ぼさない。
従って、自動的に狩り場も限定されるが、
闇属性の魔物しか出ないミミットのダンジョンは、
正に打ってつけであり、
紅玲にとっても通い慣れたホームスタンドだ。
事実、ポールも連れられて何度か同席したことがある。
亡霊や闇精霊などが苦手な彼としては、
余り参加したくない狩り場だが、
確かに紅玲が仕事にいくなら、あそこだろう。

最も信頼する先輩に、
パーティーメンバーとして誘われなかったことを、
残念に思う気持ちと場所が場所だけに安心する気持ちの、
板挟みになって唸ったポールに、
ノエルが追加情報をくれる。
「スーさんと一緒に朝から出かけていったよ。」
最近自分の弟分として面倒をみている、
メンバーの名前が出てきたことで、
ポールはますますがっかりした。
スタンを誘うなら、自分だって呼んでもらいたい。
同時にちょっとした違和感を覚える。
「他には誰が行ったんですか?」
仲のよいジョーカーや、
ヒゲも同席したのかとの彼の疑問に、
ノエルは首を横に振った。
「いや、スーさんだけ。」
「え、じゃあ、ペアで?」
「ペアで。」
ノエルの言葉で違和感は明確な形を持って、
ポールの中で膨れ上がった。
「え、じゃあ、」
「あ、ちょっと、駄目だよっ!」
「あんた、余計なことは言うんじゃ!」
思わず背後の鉄火を振り返った彼を、
ノエルと祀が慌てて止める。
が、一歩遅かった。

「ん?」
一瞬戸惑ったように鉄火は首を傾げたが、
後輩たちの中に走った緊張にしばし考え、
「あれ?」と言う顔をし、そして顔色を変えた。
「何だよあいつ、何で俺を誘わないどころか、
 スタンとペアで狩りに行ってんだっ!?」
一気に激高する先輩に、
ポールはやらかしてしまったことを知った。
顔面喪失となる彼の横で、祀が舌打ちし、
ノエルも苦渋に満ちた顔でうなだれる。
「あー 気がついちゃった。」
そう、鉄火は意中の元カノが他の男と、
二人っきりで出かけるのに手を貸してしまったのだ。
しかも喜々として。

「テツさんにしては、あるまじき失態だよね。」
「察してやってください。
 そんなことにも気がつかないほど、
 頼られたことが嬉しかったんだと。
 それぐらい、放置されていたんだと。」
「いや、わかるよ。横で見てるから凄いわかるよ。
 クーさん、酷ぇよ。この件除いてもマジで酷ぇよ。」
淡々と語っているがノエルは半泣き、祀はキレる寸前。
当事者ではない彼らがそうならざるを得ないほど、
惨い現状であった。
「オ、オレ、また余計なことを!」
狼狽えるポールを祀が片手で制す。
「いや、まあ、時間の問題でしたでしょうよ。」
だからこそ、
強いて後輩を押さえる努力をしなかったのであり、
そもそも、悪いのはポールではない。

「畜生! あいつ等何処行った!?」
「だから、死者の洞窟だって言ってるでしょうがよ。」
怒鳴る鉄火を祀が冷淡に宥める。
立場と心情的に腹を立てているのは上司同様なのだが、
まだ、状況を冷静に認識する余裕が部下にはあった。
「諦めてください。
 今回、あんたに勝ち目はありませんや。」
紅玲は白魔法使いとして異色のスタイルのため、
単独行動を主としていたが、
ジーベンヴァイスには膨大な詠唱が必要だ。
発動まで敵を押さえる前衛が居ると居ないのでは、
安全性も効率も段違いなのは自明の理であるが、
スタンはその役に打ってつけだと言う。

「なんでだ?! 前衛なら俺にもできるだろ!」
暗殺者、拳闘士など物理戦闘職の中で、
前面で敵を押さえるという仕事に最も秀でているのは、
鉄火が属する騎士系列なのは間違いない。
反面、鉱・植物の研究と採集や運搬を旨とする技術士は、
どうしても火力として他に劣る。
スタンはその中でも攻撃に特化したタイプであるが、
彼にできて、鉄火に戦えない魔物はいないだろう。
それでも祀は上司の主張を鼻で笑う。
「前衛だけならね。けど、場所は死者の洞窟ですぜ?
 あそこは大量の魔応石が出るでしょうが。」
物理的火力として鉄火は事実上、ギルドNo.1である。
しかし今回、主火力は紅玲本人であり、
不死者や亡霊は大小差はあれど、
核としていた魔応石を大量に落とす。
「そしてスーさんは“奇石回収”が使えて、
 大量の荷物が持ち運べるんすよ。」
戦利品の回収は安易に越したことはなく、
何より持ち帰れなければ意味がない。
そして技術士は物品の運搬を得意とし、
一定の魔力を持つ物を手元に呼び寄せ、
回収するスキルを持つのだ。
「こればっかりは、あたしにも手が出せませんや。」
鉄火やノエルと同じ上級騎士でありながら、
白魔法、盗賊の技法を有する祀であるが、
技術士のスキルまでは流石に真似できない。
完全敗北を告げる友人の横で、ノエルも両手をあげる。
「俺も荷物を持つだけならさー 
 スピアに持たせるとかできるけど、
 やっぱ限度があるし、
 奇石回収の効率はどうにもならないよね。」
それに騎士の由縁、騎乗獣を使役する目的は、
稼働力の増加であって、運搬ではない。
一定以上の荷物の所有は騎獣に負担をかけ、
動きを鈍らせてしまう。
祀が言うように、紅玲の要望にあわせるなら、
騎士では技術士に勝ち目はないのだ。

「そもそも何でペアなんです?」
複数名ではいけないのかとポールが疑問を提示するが、
これも片手であしらわれる。
「人数増えれば、その分取り分が減るからだろ。」
「あー・・・なるほどー」
何処まで潜るかにも寄るが、
紅玲のジーベンヴァイスなら大半の不死者を、
纏めて処理できる。
安全性を確保と言っても不必要な人数の増加は、
統率の乱れとなって返って危険を呼び、
頭割りされる収入にも影響する。
「だからって、ペアじゃなくてもいいし、
 死者の洞窟以外に行ったっていいだろ!」
「そしたら姐さんが、
 攻撃特化した意味がないでしょうがよ!」
あっさりノエルにダメ出しされてポールは肩を落とし、
怒り冷めやらぬ鉄火を、我慢の限界を超えた祀が怒鳴る。

突然もめ始めたお兄ちゃんたちに、
目を丸くしていたキィも不穏な空気を感じ取り、
そして何か思い違いしたらしい。
眉根を寄せてつぶやいた。
「おねえちゃん、かえってこないの?」
「そうだ! あいつ、何時帰ってくるんだ?」
幼児の疑問を自身の物に変えた鉄火が叫ぶが、
そんなこと、誰も知るはずがない。
「そのうちじゃないでしょうか。」
「そのうち? そのうちって何時だよ!」
「黙って泊まりで出かける訳はなし、
 狼狽えないでください、みっともない!」
「おねえちゃん、かえってこない!!」
「くるって! クレイさんはちゃんと帰ってくるよ!
 大丈夫だから、きいたん、泣かないで!」
力なく答えたノエルに鉄火が八つ当たりを繰り出し、
現状と上司のふがいなさ双方に祀がブチ切れ、
荒れる場の雰囲気で勘違いを増幅させたキィが泣き出し、
それをポールが必死で宥めようとまた騒ぐという、
喧噪の嵐となったが、それはまあ、いつものことである。

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